「献上品 特注品 一点物 名品角徳利」
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人物風景彫 手付 四方徳利
窯印:彦兵作 彫銘:津嶋氏
この四方徳利は、他に類品のない、完全な一点物の特注品と言える作品でしょう。
正方形タイプの四方徳利型の徳利に手を付けた造形で、表面に物見遊山を楽しむ人物の姿と、川岸や海辺の景色が彫り込まれた実に手の込んだ作品です。
手を付けて持ち運べるように工夫しているのは、野弁当箱のように、道中で行楽を楽しむために作られたからでしょうか。
既製品では満足せずに、自分の好みのを発注して拵える辺りに、数寄者っぷりが垣間見えます。
絵画が彫られた対面には、発注主と思われる「津嶋氏」という銘が彫られています。
また、高台(底面)には、作者が名を彫っています。
当時の数寄者の生き様は、このようにしっかりと現代まで伝わっているのです。
岸辺で飲食を愉しむ景色に幕末期を偲ぶ
当時から変わったこと、今も変わらぬこと
四季折々の風景が楽しめるのは、日本ならではの趣でしょう。
その移り変わる季節の景色を、数寄者ほどの好事家が見過ごすはずはありません。
安土・桃山時代には、豊臣秀吉によって花見酒を愉しむ文化が興り、そして江戸時代には、物見遊山に出掛けて、自然と黄昏れる遊びが流行しました。
それらは現代まで受け継がれ、今でも花見やピクニックとして、娯楽になっています。
時代は変わっても、変わらずに愛される文化があります。
日本人にとって、備前焼とはそういう焼き物なのかもしれません。
無駄がない、だから飽きない
良質な土をただ焼き締めた本質的美しさ
赤褐色の胎土の色は、鉄分の色。
水簸して粒子は細かく、柔らかくなれど、古来より不変の土味。
その力強さを、五感で感じられる。
この世で唯一の一点物、たった一つの特注品
オーダーメイドだからこそできる、最高の贅沢
伝世品の中には、「一点物・特注品」と呼ばれる作品があります。
作る前から、すでに発注者や進上先が決まっており、特別な配慮を払って、成型・焼成された逸品です。
この世にったった一つしかない「モノ」を生み出す悦び。
それこそ、数寄の真髄であり、数寄者冥利に尽きる境地なのです。
約200年の時を経て、表舞台に
時代の流れを感じさせない普遍的な「美しさ」
約200年も前の作品に、どこか新しさを感じるのは、それが当時から斬新だったから。
約200年も前の作品に、どこか懐かしさを感じるのは、それが当時親しまれていたから。
約200年も前の作品を、なぜか時々見てみたくなるのは、それが今も愛されているから。
人に長く愛される器には、普遍的な美しさが宿っているのです。
窯元の誇り、陶工のプライド
窯印に込められた思い
作品に刻まれた刻印は、悠久の時を超越して、作者が私たちに語りかけて来る「無言のメッセージ」です。
代々歴史ある名を繋いだ者、その名を継いだ者、自ら名を興した者、栄枯盛衰の中で忘れ去られた者・・・。
今や名もなき窯元や陶工の息吹が、備前焼には残されているのです。
上手物 四方菱型徳利 蓋・時代箱付
窯印:扇印 彫銘:なし
一見すると、地味な印象すら受けてしまう角徳利です。
無模様でシンプルな外見上からは、お世辞にもこの作品が、特注品や一点物には到底思えない、と感じられるでしょう。
しかし、紛れもなくこの作品は、「群を抜いて素晴らしい」名品と言えます。
なぜなら、この作品が、角徳利に似ているようで他に全く類品がない、「オンリーワン」だからです。
よく観察しないと見過ごしてしまいそうですが、他の角徳利と比較すると、口元や、胴部との接合部の作り方が大きく異なります。
また、黒紫色に焼け上がった土肌に、細かい振り胡麻が掛かった意匠性は、寛永~元禄期頃の、「上手風様式」を彷彿とさせます。
この作品がいつ作られたのかを厳密に推し量ることはできませんが、これまで見てきた中で最も最古の作品であろうと想定される逸品です。
四角、菱型の流行は、小堀遠州が広めた?
元和~寛永年間に進化を遂げた「伊部手」手法
備前焼のイメージと言えば、荒れ狂う炎が、自由闊達なままに胎土に変化を加えた景色が魅力的な焼き物ですが、江戸時代の初期頃には、そのイメージとは正反対の、瀟洒で繊細な様式が流行していたことをご存じでしょうか?
それが、この「伊部手」と呼ばれる手法です。伊部手は、表面に成型土と同じ友土や、黒土と呼ばれる鉄分を多く含んだ土を塗って焼成する技法で、塗った土が艶となり、釉薬を掛けたような仕上がりになります。
伊部手は、かの大名茶人、小堀遠州が指導して始まったと言われています。小堀遠州の茶会記には、この徳利と同じ姿形である、「菱」や「四角」型の水指を使ったとの記録が残っています。
この作品の意匠性は、寛永年間に流行した、王朝的で優雅な文化の名残りなのかもしれません。
「扇」の窯印が物語る「名門の深み」
窯印:扇印(寺見系統の窯印)
『扇』の窯印は、寺見系統の窯元の作品です。
寺見は、室町時代から続く、備前焼窯元六性の一系統です。「細工物の寺見」と言えば、江戸時代においては大変有名で、贋作や模倣品まで作られたそうです。
この徳利にも、寺見系統を示す「扇」の窯印が押印されています。扇の窯印の入った作品は、胡麻の景色や、窯変の景色など、どれを取っても華やかで美しく仕上がっています。
まさに、他の窯元、陶工とは一線を画すハイレベルな技術を有していた一族です。
残念ながら、寺見直系の窯元はすでに途絶えてしまっており、今となっては、扇の窯印は幻の印となってしまいましたが、その名声と名品は、色褪せることなく、大切に次世代へ受け継がれています。
牡丹獅子 葡萄鼠彫 足付扁壺 丸徳利
野弁当(堤重)付属徳利
江戸時代中期から後期にかけて、行楽や観劇用の野弁当(堤重)が流行しました。
この作品は、重箱、方盆、塗り杯と共に、彫刻が施された備前焼の徳利が、台座付きで一つの箱に収められています。
金の蒔絵で描かれた植物や風景や動物の景色が華やかで、いかにも行楽にふさわしい誂えです。
よくある伝世品の野弁当(堤重)は、錫製の徳利が使われていますが、この作品は備前焼の徳利が採用されていることで、産地が想定できるのが貴重です。
この作品も、恐らく特別な注文によって誂えられた一点物でしょう。
彫刻の精密さや口元の繊細さから、18世紀頃の作と想定されます。
江戸時代の職人技 技術の高さに驚愕する
技巧に溺れたのではなく、求められる品質が高かった
江戸時代に作られた民芸品や工芸品は、どれも丁寧な造りで、高い完成度に仕上がっています。
角徳利も、その造形や彫刻の繊細さから「技巧に走りすぎている」と、評価されない時代がありました。
しかし、これらの意匠性は、決して技巧や手先の技術に走った結果ではなく、顧客が求める品質が、当時は非常にハイレベルだったからなのです。
現代のように、使い捨ての紙コップやビニール袋などの便利グッズは存在しない世の中です。それどころか、究極のエコ社会とも言われた、自給自足の世界でした。
そんな中で、長く、そして美しく使える物が選好されましたので、当然そのクオリティも、高くならざるを得ないのです。
むしろ、そのレベルに応えた製作者を褒めるべきでしょう。
詩歌 松彫 角徳利 堤重付属
窯印:なし 彫銘:雅ト(木村平八郎泰武)
この作品も、野弁当(堤重)の付属徳利として誂えられた角徳利です。四段の重箱、銘々皿4枚、木杯、蒔絵箱、箸に、角徳利が収められています。
この角徳利に銘を彫っているのは、「雅ト」の俳号を持つ備前焼窯元の木村平八郎泰武です。
木村平八郎泰武は、江戸末期の窯元ですから、これは前掲の作よりも、時代が下る品と考えられます。
泰武は、文化文政時代にピークを迎えた化政文化を謳歌した数寄者の一人で、窯元業だけでなく、角徳利への彫刻や、俳句の師範代を務めるなど、多才な趣味人であったことが伝わっています。
そんな彼の趣味嗜好が残るこの品は、江戸幕末期の名品として、後世に語り継ぐべき伝統であり、また私たちがそうしていきたいと、強く思える逸品です。
松彫 扇型 扁壺徳利
窯印:なし 彫銘:有り
扇型の扁壺徳利で、松文様が彫られた優雅な姿です。扁壺とは、胴を扁平形に作った壺で、唐物の古銅器が本歌の作品です。
備前焼では、扁壺形の徳利や花入が江戸時代を通じて作られていますので、唐物を参考に作陶したのでしょう。
このタイプの徳利は、角徳利と比較して数が非常に少なく、大変貴重な逸品です。
「扇」は、古くから日本を代表する「デザイン」の一つです。平安時代からその形を変えずに伝来しているのは、完成しきった無駄のないフォルムだからでしょう。
まるで黄金比のような、説明不要の美しさが宿っているようです。この徳利を眺めると、素晴らしい日本の伝統を大切にしたくなる、そんな逸品です。
松彫 六角 扁壺徳利
窯印:扇印 彫銘:なし
六角型の扁壺徳利で、松が彫られています。
この徳利の高台(底部)には、扇形の窯印が押印されています。
前掲の作品と焼け肌や彫刻文が類似していますので、同じ窯元か陶工による品かもしれません。
扁平(平べったい)形は、中身の容量が通常の角徳利と比べると著しく減ってしまいますので、利便性の面ではマイナス要素が大きいと言えます。
そのため、この形状は、観賞用や贈答用、もしくは花入などの用途で使われたものと考えられます。
角徳利は、「芸術的な美」を備えた工芸品としても十分通用する品格を備えているのです。
松彫 六角 扁壺徳利
窯印:扇印 彫銘:なし
備前焼は、釉薬や絵付け等の装飾を行わない分、原料の土と炎のみと向き合う焼き物です。
備前焼の陶工は、それだけを組み合わせて、作品を完成させます。
土と火だけの芸術。
そんな土と炎だけで作りあげる備前焼の本質から外れずに、ここまで斬新でモダンな作品が生み出せるのは、陶工が、土の特性や性質をよく理解しているから。
人と自然とが力を合わせて作り上げる、まさに「大地のかけら」が備前焼なのです。