時代別 古備前焼の陶印・窯印集
古備前焼は、歴史の息吹を「印」が伝える
室町時代~安土桃山時代の陶印・窯印
古備前焼の「陶印・窯印」は、備前焼が「大窯」と呼ばれる巨大な共同窯で焼かれるようになった室町時代頃から、作品を見分けるために刻印し始めたと伝わっています。
初期の陶印・窯印は、胴部に豪快な櫛目で単純なマークを彫りつけています。作為のないこの造形こそ、戦国時代初期の荒々しさをリアルに物語っているとも考えられます。
安土桃山時代の陶印・窯印
上掲の種壺(波状文壺)とほとんど同じ意匠性の器です。底が浅く、尻部が膨らんだ形をしており、口元は大きく外へと開いています。このような口元は、「十王口」と呼ばれていますが、この器の胴部の「陶印・窯印」は、前掲のそれとは異なり、【上】という文字が、意図的に達筆に刻まれています。この意匠性は、茶陶を意味すると考えられます。これが本当の桃山時代の備前建水なのです。
安土桃山時代の陶印・窯印
同建水の「見込み部分」の画像です。見込みにも【上】と読める刻印が刻まれています。桃山時代の古備前焼の伝承に、『見込みに陶印・窯印がある作品は一級品』との言い伝えがあります。その伝承が真実かどうかは定かではありませんが、見込みに陶印・窯印のある古備前茶陶は、確かに名品が多いことも事実です。この作品は、それらの中でも、特に名品中の名品と言える逸品です。
安土桃山時代の陶印・窯印
安土・桃山時代の陶印・窯印の特徴は、肩部や胴部に「印」が押されている点になります。この徳利は、尻張徳利という名前の酒器ですが、肩部に「◎」の印がハッキリと押印されていることが分かります。ガリっと焼けた土味がむき出しの焼け肌に、意味深に押された印を見ているだけで、織豊期の憧憬が脳裏に浮かんできます。
安土桃山時代の陶印・窯印
同徳利の高台(底部)の陶印・窯印です。安土・桃山時代以前の陶印・窯印の特徴として、複数個の陶印・窯印が刻印されているケースがしばしばあります。これらの意味は不明ですが、名品ほど、不思議と複数個の陶印・窯印と思われる印が刻まれているのです。
安土桃山時代~江戸初期 慶長期の陶印・窯印
古備前焼の「陶印・窯印」は、時代が下るほど「小さく・目立たない箇所」へ刻印されるようになります。
作品の景色を邪魔しないようにした配慮でしょうか。前時代ほどの豪快さも見られなくなります。しかし、一見すると意味をなさないこれらの「印」にも、当時は役割や意味があったのでしょう。
江戸時代初期 慶長~寛永期の陶印・窯印
江戸時代に入ると「陶印・窯印」は、「高台(底部)」に小さく刻印(または押印)されるようになります。また江戸中期頃になると、それまで箆彫りで入れていた印が、判印に変わっていきます。外見に対する美意識の変化が、江戸時代頃から起こり始めたことが伺えます。これもある意味では、織部様式がもたらした「意匠性」の一つと言えるでしょう。
江戸時代初期 慶長~寛永期の陶印・窯印
古備前焼の「陶印・窯印」は、シンプルなデザインだからこそ、見た人間の創造性を搔き立てます。文字なのか、文様なのか、意味や目的はあるのか。図らずも、この無意識の造形が、古備前焼の魅力を一層際立たせていることは間違いありません。なぜなら、数寄者にとっては、陶印・窯印の存在こそが、作品と私たちとの時空を繋ぐ「歴史の鍵」なのですから。
江戸時代中期 寛永~元禄期の陶印・窯印
江戸時代中期、元禄年間頃になると、「陶印・窯印」は一層小さく、目立たなくなります。一方でそのデザインは複雑になり、意匠性や作為が見られるようになります。
「扇」の印は、江戸時代において名工と称された「寺見一族」の印影です。このように、窯印の姿形から陶工や窯元が想定できるのも楽しみの一つではないでしょうか。
江戸時代末期(幕末期)の陶印・窯印
江戸後期~末期になると、「押印・判印」による窯印がほとんどを占めるようになり、彫銘が施された作品は、特注品や一点物などの限られた品だけになります。陶工によっては、窯元の印とは別に、自分専用の印を用いるなど、作家としての主張性や意匠性が高まってくるのも特徴です。陶印・窯印を見ることで、古備前焼の面白さが一層と深まることでしょう。
古備前焼の箱書①:茶人・銘
古備前焼や古美術品などの骨董品は、「中身」だけでなく「次第(箱・付属品)」を含めて、鑑賞の対象となります。その次第の中でも「箱書」は、時代を追憶できる「歴史の足跡」として評価されています。この箱書は、茶会に出席した「客」が、亭主の使った水指に感悦し、銘を授けたものでしょうか。当時のワンシーンが頭の中に浮かび上がってきます。
古備前焼の箱書②:共箱
「箱書」には、使用者や持ち主が後で書き込んだものと、作者が製作時点に書いたものとが存在します。後者の箱書がされた箱は、「共箱」と呼ばれます。共箱は、箱の中に納められている作品の真贋や作者、時代を証明する資料として、非常に重宝されます。そのため、骨董品や古美術品では、「箱を捨ててはいけない」と言われるのです。